身の回りの色    <東京工業大学名誉教授 渡邊 靖志>

このサイトに寄稿させて頂くことになった。その意図は,読者とともに「普段不思議とも何とも思わない自然」の不思議に改めて気づき, 自然の奥深さ,深遠な美しさ,微妙なバランス,意外な事実などに思いを馳せることにある。
本稿では,身の回りの色について考えてみたい。なぜ空や海は青いのか,なぜ地球の夕焼けは赤く,火星の夕焼けは青いのか。草木の葉は なぜ緑なのか,なぜ海藻の色には3種類あるのか。続いて,虹,副虹,環天頂アークや環水平アークなどの虹色,オーロラの色などについて。 さらに,鳥や虫に紫外線が見えると何がよいのか。最後に, モルフォチョウやタマムシ,宝石,花火などの色について考えを巡らしたい。

1. 空と海の色
1.1 青い地球と夕焼け
私たちは青い地球に住んでいる。宇宙探査機ボイジャー1号が地球の写真を送ってきた。60億キロ(太陽・地球間の距離の40倍)彼方から 写した地球は,「淡い青い点」(pale blue dot)だった。この「点のような地球」上に生命があふれ,いまや70億を超える人類が住んでいる。

さて,なぜ宇宙から見た地球は青く見えるのだろうか。この問いは,地上からに視点を「地上から」に変えてみると,「地上から見る空は なぜ青いか」になる。その理由は,主に空気分子の存在による。私たちは,厚さ十数キロの大気の底に住んでいる。太陽からの光は,波長 (波の山と山の間の距離)の短い青い光ほど空気分子によって散乱されやすい(レイリー散乱)。太陽光のうち青い光が,空のいろいろな 方向で散乱されて目に飛び込んでくる(図1.1左)。逆に,朝焼けや夕焼けが赤いのは,波長の長い赤い光が直進して目に届き,青い光は 厚い大気を通過する際に散乱されて除かれるからである(図1.1右)。空気の無い宇宙から見る空は,光が散乱されないので真っ暗。昼間でも 星が見える。

1.2 火星の夕焼け
ところが,火星の無人探査車キュリオシティ(Curiosity)から送られてきた写真(図1.2)を見ると,なんと火星での夕焼けは地球と違って青い。 なぜだろうか。実は火星の夕焼けでは,地球と逆のことが起きている。火星では,波長の長い赤い光が大気を長く通る間に散乱されて除かれ, 波長の短い青い光がほとんど直進してキュリオシティのカメラに入り,青い夕焼けになるのだ。ではどうして地球と火星で逆になるのだろうか。 これには2つの要因がある。1つは,火星の大気が地球の1/100程度であり,非常に薄いことだ。だから,1.1節で説明したような,地球上で 夕焼けを赤く見せているレイリー散乱(波長が短い青い光ほど散乱されやすい)は,火星では無視できる。2つ目は,火星では砂嵐が頻繁に起こり, 塵が大気に巻き上げられていることだ。塵は大気分子よりはるかに大きいので,レイリー散乱とは逆に波長の長い赤い光を散乱し,波長が短い 青い光は散乱しない。だから火星の夕焼けは青い。

1.3 白い雲と黒い雲
地球の空には白い雲が浮かんでいる。なぜ雲は白いのだろうか。雲は,直径が10 マイクロメートル(100分の1 ミリ)程度の雲の粒(水滴 または氷の微結晶)の集まりである。雲の粒の表面での反射は波長に依らないため,雲は白く見える(光の3原色を混ぜると白く見えるため(図1.3))。 雲が黒く見えるときがある。これは,雲が厚いため,太陽の光が散乱されて雲の下部(地上から見える部分)にまで達しないので暗く見えるのである。 その証拠に,飛行機に乗って「黒雲」の上に出ると上空は晴れていて,下に「白雲」が見える。すなわち,黒雲の上部には太陽の光が十分に当たって いるので白く輝いて見える。つまり,厚すぎる雲は下まで太陽光が届かないため,地上から見ると黒雲に,普通の(薄い)雲は下部に太陽光が届くので 白雲に見えるのである。

1.4 青空のグラデーション
快晴の空の色は青のグラデーションを見せる。すなわち,真上は濃い青で,地平線に近づくにつれて薄い青(空色)になっていく。これは,眼には 見えないけれども薄い白雲が全天に存在するためである。真上から地平線に近づくと薄い白雲の厚さが増え,その白色が濃い青を薄めるのである。

1.5 海の色
それではなぜ海は青いのだろうか。「空の青が写っているから」が主な理由ではない。基本的には,空が青い理由と同じく,波長の短い青い光が 水分子によって散乱されやすく,目に飛び込んで来るので青く見える。だが,海の中から太陽を見ても赤くは見えない。これは,空気分子とは異なり, 水分子がわずかながら赤い光を吸収するからである。このことから,サンゴ礁の海がエメラルドグリーンに輝くことを,光の3原色(赤,青,緑)で 考えてみよう(図1.3)。サンゴ礁では,海水の透明度が高く,海底が白砂でそれほど深くない。このため,吸収された赤色以外の光,すなわち青と 緑の光が海底の白砂で反射されて目に入る。つまり青と緑の光が混じるので,光の3原色(図1.3)の原理からエメラルドグリーンに輝くのである。

2. 草木の葉,海藻の色
2.1 草木の葉の色
草木の葉は,なぜ緑色なのだろうか。そう,光合成を行う葉緑素が緑色だから。では,なぜ葉緑素は緑色なのだろうか。ここでも光を3原色(図1.3) で考えてみよう。葉緑素での光合成では,赤と青の光が吸収される。不要な緑の光を反射するため,葉が緑色に見えるのである。

2.2 海藻の色
海藻の色は,緑色,褐色,紅色の3種類に大別される。なぜだろうか。海藻の色の違いは,その光合成体の色素の違いによって生じる。海藻が生育する 海が深くなるにつれて,光合成に利用できる光の色が異なってくる。光合成体は,利用できる光を吸収し,残りの光を反射する色素を持つ。それで, 海藻は,この「残りの光の色」を,3原色の原理(図1.3)に基づいて混合した色を帯びて見える。
浅い海では,青色の光はもちろんのこと,赤色の光もまだ透過してくる。それで,浅い場所の海藻は,陸上の草木の葉と同じく葉緑素で光合成するので, 緑色に見える。水深が深くなると赤い光が吸収されて届かなくなり(1.5節参照),海藻は青い光だけを光合成に活用する。青い光を利用する海藻の 光合成体は,赤と緑の色素を持つ。この色素は,赤と緑の光を反射するので褐色になる(図1.3では,赤と緑の混合色は黄色になっているが,褐色と 黄色は近いということでご理解頂きたい)。さらに水深が深くなると,青い光も散乱されて届かなくなる(レイリー散乱)。したがって,十分深い海の 海藻は,最後までわずかに残った緑色の光を光合成に使わざるを得ない。それで,海藻の光合成体は赤と青の色素を持ち,紅色になる(図1.3で, 赤と青の混合色は紅色)。海藻も,それぞれのニッチ(生存域)で懸命に生きている。

3. 虹,オーロラの色
3.1 虹
色といえば7色の虹。神秘的で,私たちを魅了する。虹は,よく知られているように,空中に分布している小さな水滴がプリズムの役目を果たして虹とし て見える。ところで,副虹をご存じだろうか。よく見ると,はっきり見える主虹の外側にうっすらと副虹が見えることがある。副虹の色の順番は主虹と 逆で,下側が赤,上側が紫になっている(図3.1左)。これは,水滴中で光が2回反射されるからである(図3.1右)。

3.2 環天頂アーク,環水平アーク
このほかに,稀ではあるが,「環天頂アーク」(下に凸の虹)や「環水平アーク」(ほぼ水平な虹,図3.2)などが見えることがある。これらは, 水滴ではなく,水平に浮かぶ微細な六角板状の氷の結晶によるプリズム作用で生じる。太陽光が,環天頂アークでは六角板状の氷の上面に入射して 側面から出射し,環水平アークでは側面から入射して下面から出射する。これらの光が六角板状の氷のプリズム作用によりアーク(弧)を描く。

3.3 外暈,内暈
白色ながら外暈(がいうん,そとがさ),内暈(ないうん,うちがさ)という現象も興味深い(図3.3)。これらは,微小な六角柱状の氷の結晶がプリズム の働きをしてできる。外暈は,六角柱が頂角90度のプリズム(太陽光が六角柱の上面に入射して側面から出射する,またはその逆の場合)として働き, 氷晶の向きがランダムなため,太陽を中心として46度の円として見える。内暈は,六角柱が頂角60度のプリズム(太陽光が六角柱の側面に入射し, 一つ側面を挟んだ別の側面から出射する場合)として働き,太陽を中心とした22度の円となる。同じような機構で,太陽が低い位置にあるとき,水平に 22度離れて見える幻日(げんじつ)が見えることもある。


3.4 オーロラ
さらに神秘的な天体ショーはオーロラであろう(図3.4)。日本ではめったに見られないが,極地では赤や緑のカーテンが乱舞する。赤や緑の光は, 高層(地上から100-400キロ)の大気の酸素原子(酸素分子ではなく)に高エネルギー電子が衝突し,酸素原子が励起されて発光する(高いエネルギー に励起された状態から元に戻るときに特有の光を出す)。電子は,もともと太陽風(太陽からの電子や陽子などの流れ)由来であるが,地球の夜側に シート状に蓄積され,加速されて極地に降り注ぐ。

4. 色の見え方
4.1「紫外線の色」,顕花植物の花や実の色
さて,よく知られているように,光は電磁波である。人類に見える可視光はそのほんの一部であり,波長は380-780 nm(nmはナノメートルで,11nmは 10億分の1メートル)である。プリズムで太陽光を分けると7色のスペクトルが見える。だが,その外側にもスペクトルが続く(図4.1)。 (このことに気づいた昔の科学者は偉かった。見えなくても存在するものも多いのである。)赤色の外側が赤外線,紫色の外側が紫外線である。
昆虫や小鳥などには紫外線が見える種(しゅ)も多いようで,人間にはあまり目立たない花も,彼らには紫外線によってはっきりと見えていると考え られる。花を咲かせて種(たね)を作る顕花植物の多くは,昆虫や小鳥に花粉を運んでもらって受粉する。そのため,彼らが花を訪れてくれないと困る。 そこで甘い蜜を用意したり,花粉を食用に提供したりするが,まずは昆虫や小鳥に目立つ花を付けて彼らを呼び寄せている。
植物は,受粉してできた種(たね)についても工夫している。植物は基本的に動けない(移動しない)ので,種をできるだけ遠くに散布したい。 そのために顕花植物が編み出した手段の一つが,その実を動物の食用に提供する方法である。そのとき,実の中の固い種は未消化のまま遠くに散布して もらう。しかし,まだ種が完成していないうちに食べられては困る。そこで,実が未熟のうちはまずそうな青っぽい色のままで,熟してくると動物に とっておいしそうな色(赤色など)になる。

4.2 色覚
人類は豊かな色彩を楽しむことができる。人類の視覚が可視光に感度を持つ理由は,太陽光に最適化しているためと思われる。太陽光のスペクトルは 黄色の波長にピークを持ち,可視光の波長領域の強度が強い。20世紀終わりごろからの天文学と宇宙技術の進歩により,太陽系外惑星が数千個発見されて きている。恒星からの距離が地球型生命にちょうどよい「ハビタブルゾーン(habitable zone,生存可能領域)」と呼ばれる領域に位置する岩石惑星も 数十個発見されている。そういう惑星では液体の水の存在が可能だから,多くの天文学者が地球型生命の存在を期待している。恒星の中には,太陽の 約1/10の大きさの赤色矮星も含まれる。その寿命は1000億年(太陽の10倍)と推察されていて数も多く,銀河系の恒星の3/4を占めている。赤色矮星で 発見されたハビタブルゾーンの惑星はアイボールアース(eyeball earth)と呼ばれる。アイボールアースは必然的に主星(太陽系での太陽のように 中心にある恒星)に近いため,いつも同じ面を主星のほうに向けている(「潮汐ロック」)。ちょうど月が常に表側を地球に向けているように。 アイボールアースと名付けられた理由は,主星に向いた惑星の表面には地球のように海(液体の水)が広がっていて,人の眼球のように見えると想像 されるからだ。アイボールアースの惑星上では,主星がいつも天の同じ位置に見える。惑星上で主星が真上に見える地点は暑すぎ,主星と反対側の 地点は極寒の地である(しかし大気によって熱の輸送が起きるため,温度差はそれほど極端ではないだろうと指摘する研究者もいる)。 そのため,この惑星にはトワイライトゾーン(twilight zone)と呼ばれる領域が生命に適した温度を持っていると考えられる。そこでは,主星がいつも 地平線の近くに止まっているので,一日中,日の出,日没のたそがれのような光(トワイライト)が差しているからだ。そこに生物が暮らしていたと したらどのような「色」を感じているのだろうか。

4.3 構造色
モルフォチョウの翅は青く輝き,その美しさは生きた宝石と呼ばれる(図4.2)。タマムシの翅の色も古代から人を魅了してきた。その美しさはどこから 来るのだろうか。モルフォチョウの翅の鱗粉は透明で,青色ではない。モルフォチョウの鱗粉を電子顕微鏡で見ると,透明な鱗粉が翅の上で規則的な 配列と不規則な配列を組み合わせた絶妙な構造を作っている(文献1)。このために青い光が翅で強く反射される。このように特殊な構造で特定の波長の 光だけを反射して見える色が構造色である。CD,DVDやシャボン玉の7色も構造色である。さらに,1.で述べた地球の空や海の青さも,空気や水の分子が 作り出す構造色と言える。構造色を巧みに使っている自然界。ただただ感嘆するばかりである。

5.宝石の色
5.1 ダイヤモンド
ダイヤモンドの輝きやきらめきは,何と言っても2.42という高い屈折率の賜物であろう。その高い屈折率を最大限に生かしたカットがブリリアントカット である(図5.1)。ブリリアントカットは,入念な計算によって編み出され,入射した光がほぼ全部反射するようにカットされている。したがって, ダイヤモンドからの光はプリズム効果で7色に光る。炭素の結晶であるダイヤモンドは基本的には透明であるが,いろいろな色を帯びるものもある。 その色の原因は,結晶構造のわずかなずれなどの欠陥や微量の不純物(窒素やホウ素など)の存在による。それらの欠陥や不純物が特定の波長の光を吸収 するため,ダイヤは特有の色として見えるのである。現在は,手軽にダイヤを楽しめる時代になった。それは,合成ダイヤモンドの品質が向上して 天然ダイヤモンドと遜色なくなってきたからである。

5.2 ルビーとサファイア
ルビーとサファイア(図5.2)はともに,酸化アルミニウムに不純物が入って色が着いた宝石である。不純物として1%程度のクロムが入ると濃赤色になり, ルビーと呼ばれる。サファイアは赤以外のいろいろな色を帯びた宝石だ。例えば青色のサファイアは,不純物として約1%の鉄と0.1%程度のチタンを含み, 黄色から赤の波長の光を吸収するために青く見える。ルビーを作り出している現象(不純物のクロムが,主成分の酸化アルミニウムに入ること)は 地質学的に非常に起こりにくい。ところが,東南アジア,とくにミャンマーがルビーの産地としてよく知られている。なぜだろうか。これは,大陸移動説 (プレートテクトニクス)によって説明できる。約4千万年前にインド大陸がユーラシア大陸に衝突し,ヒマラヤ山脈ができた。そのような地質学的大変動 があったために,酸化アルミニウムにクロムが混入するという稀な現象も起こったと考えられている(文献1)。

5.3 水晶
水晶は酸化ケイ素の結晶で,基本的には透明である。紫水晶(アメジスト)や黄水晶が発色するのも,不純物の混入や結晶構造のわずかな欠陥によって 特定の波長の光が吸収されるからである(文献1)。

5.4 真珠とオパール
宝石の中にも構造色で輝くものがあり,その代表例は真珠とオパール(図5.3)である。よく知られているように,真珠は貝の中で形成される。貝は,貝殻の 中に入ってしまった異物を分泌液で包み,無害化しようとする。分泌液の主成分はタンパク質と炭酸カルシウムであり,それらの何重もの層ができて光を 干渉させるので,真珠は虹色に輝く。オパールの成分は二酸化ケイ素と水分である。二酸化ケイ素が薄い層を作り,光が層の間で反射・干渉して特有の色に 輝く(文献2)。

6.花火
夜空を彩る花火。パッと美しいが,消えていく様はなんとなく物悲しい。花火大会が鎮魂のために開催されることが多いのも理解できる。花火の色は,金属の 炎色反応による。金属を熱すると金属の電子の状態が励起され,元の状態に戻るときに特有の色の光を出す。花火では,赤,黄,緑,青の色を出すため一般に 次の化合物を用いる。赤色にはストロンチウムやカルシウム,黄色にはナトリウム,緑色にはバリウム,青色には銅である。温度が2000℃以上になるときれい に発色し,最近ではアルミニウムやマグネシウムなどの高輝剤の使用により3000℃以上が実現でき,さらにくっきりと見えるようになっている(文献3)

7.終わりに
美しい青い空,青い海,春の新緑の木々,虹やオーロラを見るたび,心が洗われ,自然の神秘を感じる。そして,人類が豊かな色彩を鑑賞できる色覚を持てた ことに,ただただ感謝するばかりである。

文献
1. 色と光のはなし,稲葉秀明著,技報出版,2017年9月
2. 光と色彩の科学,齋藤勝裕著,講談社,2010年10月
3. 花火の科学,細谷政夫・細谷文夫著,東海大学出版会,1999年8月

データーベース参考資料
プランゲ文庫資料 1947-08-01 科学朝日 第7巻8月号 記事タイトル
東北大学理学部助教(当時) 「真珠の色とつや」
(PDFコピー01) (PDFコピー02) (PDFコピー02(2))

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