テーマD-02 2.野球の科学

  第2章 内野守備の科学(その1)

1.頭脳と神経による動作の反応での訓練ルート
野球の内野守備を考えるとき、人間の「急発的動作開始」時の脳を中心とする動作の状況を考えなくてはならない。 このことはこの連載寄稿の先頭で解説した。  内野守備で相手バッターが球を打った直後の動作開始は極めて重要である。 飛んでくる打球に遅れを取ったらヒットになってしまう。 相手チャンス時なら決勝点になって 敗北かも知れない。 プロ野球選手の打った打球の速度は平均的に100km/時位という統計がある。 仮に遊撃手の場合、ホームの打者と守備遊撃手の距離は約30mとなる。  打球速度から計算すると、打者が打った瞬間から1.1秒で球は遊撃手に到達する。 敵の打った球に遅れをとってはならない。 先の解説で、人間の行動制御は図1のように 行われると解説した。

目や耳などのセンサーの情報を神経で脳に伝達し、脳からの指示で筋肉を作動させて身体動作を行うという方式で行われる。 目や耳などの感覚器からの情報信号は神経を介して、 まず脳に伝達される。 目や耳の信号が約0.1秒で脳に伝達され、状況の識別、動作選定作業が脳内で行われ対応動作の指示が筋肉の方へなされる。 人間の動作は、脳からの指示が あると筋肉などの各部所で自立的に実施処理が行われる。 自立分散処置と言われる。 そうしないと、人体の身体各所の筋肉や臓器などの数十万以上にもなる実施部所を脳で全部 制御できるわけがない。 地球上の生物が神から頂いた素晴らしいメカニズムである。 従って脳からの指示があれば、その後の作業は脳の関与なしに各部所で自立的に行われる。  脳は必要な器官に動作開始の指示をするだけである。 一定間隔で制御を間欠的に行いその間は惰性進行や自立動作に任せるという制御形態を工学的に「インチング制御(インチ 刻みの間隔での間欠的制御をするということからでた名称)」と解説した。 さらに身体の生活活動は、脳からの0.1秒の時間間隔での動作指示の繰り返しで運営されていること と解説した。 脳内での状況識別や動作選定などの作業処理時間は各器官からの神経を介した信号伝達比べると極めて速いようである。 図1に示したように、一般的な生活活動の 動作は脳内の一般ルートを介して行われる。 目や耳からの情報が神経を伝わって脳に転送(赤枠矢印)されると、脳内の専用の認識処理ゾーンで識別し状況を把握する。 内容が 別のゾーンへ渡されて(ピンク線)対応動作を選別し筋肉への指示を行う。 この一般ルートには動作開始まで0.6~0.8秒くらいかかる。 動作の選別や実施手順の策定に 時間がかかるためである。 しかも、今までにない動作なので、動作の節目ごとに対象に動作開始指示をしなくてはならない。 図2の左側の状態である。選手などと違い訓練され てない状態では、捕球作業に一連の動作(打つ瞬間から来る打球に追いつき捕球する)には動作の節目ごとに脳からの指示で行われなくてはならない。 そのために神経を介しての 指示や完了のやり取りを何度もすることになる。 神経の情報伝達は0.1秒クロックで行われるため、やり取りごとに0.1秒を要する。 人間の普通の生活活動では何の問題も なく行われるのであるが、敵の打球が迫って遅れを取ることができない場合はそうはいかない。 そこでスポーツ選手は訓練による習熟で、一連の動作を滑らかに機敏にできるよう にして対応する。訓練ルートによる動作実施である。

図2の右側のように、十分な訓練によって対応動作を習熟する場合、目や耳からの信号認識後、習熟した訓練ルートを介して一連動作の開始指示が行われる。 このルートでは 脳からの開始指示だけで一連動作が行われるので、対応が極めて速く行われる。 先の解説でスポーツの繰り返し訓練や手工芸などの熟練作業の習熟訓練がそれであると述べた。  このルートを訓練ルートと名付ける。この訓練ルートの育成や蓄積はどうも小脳で行われているのではないかと思うが明確ではない。 打ったり投げたり走ったり泳いだり、人間が 行う生きる活動はこの訓練ルートの存在があってのことだと思う。 訓練ルートによる高速動作処理という脳の機能は競技スポーツ実施にとって極めて重大な特性なのである。  スポーツの繰り返しトレーニングが単に身体を鍛錬することが目的ではなく、脳の訓練ルートを開拓するというもっとも重大な役割がある。 繰り返し練習が単に鍛錬ではなく 訓練ルートの開発・蓄積であることが大切なことなのである。 今までの計測的経験によると、このルートでは目や耳に感じて筋肉が動き始めるまでの所要時間が男子なら 0.2秒台、女子なら0.3秒台であった。 動作が始まるとその後一気に動作終了まで向かうことになる。 男女の差は本質的な構造の差なのかもしれない。

2.野球内野守備の科学
1)「急発的動作開始」状況
野球の内野守備は、味方ピッチャーの投球を相手打者が打って、迫ってくる打球を追い捕球してファーストに投げるという一連の作業動作が主体となる。 図3のように、内野手は 相手打者が打つ直前まで体制で構えており、打った瞬間からの一連の動作は訓練ルートで行われる。 一連動作は、打撃瞬間の直後、急速に打球方向に身体を動かし球を追う動作から 始まる。 正に「急発的動作開始」状況で、これが日常的に行われていることになる。 移動しながら捕球体制を整え、捕球を行い、早急にファーストへ送球する。

目で相手打者の打撃瞬間を見てから、十分に習熟した内野手ならば0.2秒くらいで身体が動き始めて球を追い始める。 男子選手の場合捕球作業実施は、約0.5秒後の「球追い 動作が完了して捕球体制確保をした状態」で行われるのが平均的である。 時間数値は観測したこの時の男子高校選手の平均値で人によって大きく(0.1秒くらい)ばらついていた。  あくまでも目安データと考えて欲しい。 以下この平均値データで考察を進めていく。
前に解説したが、人間の瞬間的な移動速度は経験的には平均値として8m/秒位(100m走で12.5秒くらい)であった。 敏捷な人や脚力のある選手、ファインプレー画像で よく目にする瞬間に飛んで寝そべって捕球する場合などはもう少し速いかも知れないが、平均的にはこの速度である。 0.1秒間に0.8mの移動である。  「急発的動作開始」の代表的な例として、競泳や陸上などのスタート動作の場合は静止しなくてはいけないというルール上の制限に加えて直後に力いっぱいジャンプや発進をすると いう宿命があるため、反動をとるという本能的な行動が出てしまうと解説した。 反動のための沈み込み分としてさらに0.2秒の所要時間の増大が生じてしまっていた。  野球守備で、相手の打撃に備えて構えるという状況下の「急発的動作開始」では、静止を強いられるわけではないので動作開始に大きく反動を取ることはない。 しかし図4で 示すように、まず目で打撃確認後に脳からの指示で0.2秒後に「球追い」開始で身体が動き始める。 その後、大きな自分の身体を8m/秒もの高速にするには、慣性モーメントの 影響で0.3秒ほどかかっていることがわかった。 もちろん選手の体重や能力によって違うので、あくまでも平均値での議論である。 この0.3秒間の「球追い」での移動量は 積分すると約0.8m位になる。 つまり、相手打撃瞬間を目で見てから捕球姿勢確保までの「急発的動作開始」では、所要時間が0.5秒間かかることになる。 その間は 0.8m進む。 内野守備者にとってどんな打撃球がきてもこれは選手固有の一定なデータである。

2) 守備可能範囲の考察
図5は、野球ダイヤモンドと内野守備の一般的配置の模式図である。 ベース間幅の半分ずつを一人で担当するのが一般的であるが、ファーストは各内野手からの返球を取るための 体制作りのためファーストベースよりに構える場合も多い。 その場合は、セカンド守備担当範囲が若干広まることになる。ベース間幅は27.43mと決められているので、一般的 には内野手の担当する範囲は半分の13.7m位となる。

図6に示すように、普通内野手は守備必要範囲13.7mの中央で構え、左右に守備移動して対応する。 しかし、如何に訓練ルートを研ぎ澄まして習熟しても、図3に示した人間の 運動能力的な制限のため、どうしても守備の可能範囲が生じてしまう。 可能範囲を超えるような打球には対応できず抜かれてしまう。
①打球速度との考察
打球速と守備可能範囲との関係を見てみると大変興味深い。 図7のように、例えば遊撃手で考えてみる。 ほぼライン上で守っているとすると、バッターからだいたい30mくらい の位置で構えていることになる。 打った瞬間からここまでの打球の進行は、打球速が100㎞/時の場合は1.1秒ほどかかる。 「急発的動作開始」での捕球姿勢確保までは 0.5秒かかるので、球に追いつく時間には0.6秒ほど余裕ができる。 余裕時間の間に選手は(8m/秒で移動するので)4.8m進めることになる。 これと「急発的動作開始」 の0.5秒間に進む0.8mを加えると、片側で5.6m分が片側移動可能範囲となる。 左右の分で守備可能範囲は11.2mとなる。

一般に高校野球での平均打球速度は90㎞/時、プロ野球で100㎞/時位と言われている。 会心の当たりをした場合とかイチローなどもともと打球の速い選手は120㎞/時にも なるという。

表1は、90㎞/時、100㎞/時、120㎞/時の場合を計算したものである。 必要守備範囲を13.7mとして、必要守備範囲のカバー率も算出した。 守備可能範囲から外れる 打球は捕球できないのでヒットになってしまう。 打球速が90㎞/時の時は、カバー率が93%もあり、抜けるヒットはなかなか難しい。 打球速が速いと守備のカバー率が下がり、 ヒットの確率が上がる。 このことはバッティングの打率向上の重大なヒントになる。 詳しくはバッティングの項で解説する。 それにしても、120㎞/時の打球では、守備選手 の間を抜けてしまう率が4割強にもなる。 一般に打率の高い大選手は打球速が速い。 打率が高いということは、打球速が速いのが大きな要因であるといえる。

②ファースト塁殺の考察
内野守備は、捕球後1塁に球を投げて、相手打者の進塁を阻止しなくてはならない。 守備の最大の目的である。 図8に示すように、プロ野球レベルの状況を想定して考えてみる。  まず、打者は足が速く、100m走が12秒くらいの速度で打撃後1塁に駆け込むような場合を考える。 そうすると、打撃後1塁までの走塁時間は約3.4秒になる。 打球速は プロ野球の平均と言われる100㎞/時くらいであったとする。 打球は三遊間のライン上あたりに飛んできたとすると、打ってから1.1秒ほどで到達する。 遊撃手は、捕球に 向かうが、「急発的動作開始」で0.5秒かかっても、余裕時間が0.6秒あるので球に追いつき落ち着いて捕球ができる。 間髪を入れずにファーストに送球しなくてはならない。  ここで、急に捕球姿勢から投球姿勢に転換しなくてはならない。 急な姿勢変更である。 これも「急発的動作開始」相当になって、経験的には0.5秒ほど要してしまうと考え られる。 遊撃手の送球速度が120㎞/時くらい(平均的)の場合、ファーストまでは0.9秒かかる。

打者の走塁時間3.4秒に対し、遊撃手に許される時間を考えてみる。 球到達時間が1.1秒、捕球のための「急発的動作開始」時間が0.5秒、捕球姿勢から投球姿勢への 「急発的姿勢変換」時間が0.5秒、送球飛翔時間が0.9秒で。合計すると3.0秒となる。 「球追い」を含めて内野手に許される余裕時間は0.4秒しかない。 結局 守備可能範囲は、この0.4秒間に進む3.2mと、最初の捕球のための「急発的動作開始」で進む0.8mを合わせて4mとなる。 左右合計では8mとなり、必要守備範囲の カバー率は58%になってしまう。 プロ野球の内野守備はこんなにシビヤーな状況で行われているのである。

3.その2に続く
内野守備の状況がわかったと思う。 これに対して、できるだけヒットを打たせないように、試合ごとに大変な努力が行われている。 ピッチャーは如何に芯に当たらないように 打たせるかで、コースや球速・球種の変化を駆使してなんとかバッターを翻弄しようとしている。 内野手は、捕球から送球までの一連の動作を円滑に素早くするための習熟訓練に 時間をかけて真剣に取り組んでいる。 ともすればピッチャーの剛速球やバッターのホームランなどの成果に目を取られがちであるが、内野手も大変な努力をしているのである。  長くなるので、分割して続きの解説を行う。 神の与えてくれた人間動作における「動的反射能」という極めて優れた能力がある。 次回は内野守備においてその有効な活用法を 考えてみる。 さらに脳の訓練ルートのより効率的な開発法について弱小高校野球チームの成長の例を踏まえて解説する。

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  第2章 内野守備の科学(その2)

4.その1に続く
表1のカバー率の項をみると、相手選手の打球速が120km/時になると、必要守備範囲の4割以上がヒットになってしまう。 ピッチャー等の色々な努力でなんとかしようと 頑張っているのであるが、なかなか大変なようである。 その1では内野手の捕球体制完備時間(0.5秒)が重要なポイントであると解説した。 今回はその決定的対策として 人間の持つ「動的反射能」という優れた能力について解説しよう。

5.内野手の捕球動作確保時間を詳しく調べる!
内野手の捕球動作確保時間は、相手打者の打撃の瞬間から0.5秒と解説した。 それを詳細に調べてみる。

内野手が守備動作に習熟し脳に訓練ルートが確立されていると、図9のように、打つ瞬間を目視すると、人間運営クロックの0.1秒後に脳で打撃確認後球追い動作開始指示と 捕球姿勢確保指示が同時に身体の必要各部署に出される。 それを受けて同じく人間運営クロックの0.1秒後に球追い動作が開始される。 開始後球追いトップ速度8m/秒 (0.1秒間に80cm)まで加速するのに0.3秒かかる。 捕球姿勢確保は、手足などを動かすだけなので動作開始後0.1秒ほどで行われる。 脳からの指示の0.2秒後と早い。  姿勢と速度が確保できた瞬間に捕球体制完備ということになる。 図を見て分かることは、内野手の捕球動作確保時間が打撃の瞬間から0.5秒という時間は構え姿勢での 移動速度ゼロから8m/秒の速さまでの加速時間がネックになっていると言える。

6.「動的反射能」
人間の「急発的動作開始」時の反応状態は、そのときの身体状況が静止しているか・動作中であるかで大きく異なる。 このことを体感するための実験をしてみよう。

先ず図10の左側の①のようにペットボトルを右手で持って前につき出してみる。 ②のように、急に力いっぱい右に振ってみる。 腕や手、肩に大きな負担を感じると思う。  数回やってこの負担をおぼえていただきたい。 次に図10の右側のようにペットボトルを持ったまま、手を頭上に持ち上げてみる。 その手を上からゆっくり下ろしてきて、 ①のように自分の真正面の高さになったら、さっきと同じように一気に力いっぱい右に振ってみる。 腕や手、肩の負担はどうだろう。 随分小さく感じたと思う。数回やって 確認をしてみてほしい。 ペットボトルを急に右へ動かす図10の左側の動作は正に「急発的動作開始」状況である。 右側はゆっくりした動作からの方向転換である。  腕や肩にかかる負担が大きく違うことがわかった。 このことが意味するのは、人間の「急発的動作開始」状況では、静止からスタートすると、大きな負担が身体にかかると いうことである。 図11は、急発的移動開始時に身体の移動速度の上昇(加速)状況を示した模式図である。 大きな身体を急に最高移動速度に上げるには、慣性モーメント の関係で大きなエネルギーを要する。 特に静止状態から移動状態に移る移動開始時に大きなエネルギーを要する。 例えば電車のスタートでも進行開始時の瞬間に大きな パワーが必要なのは常識である。 身体活動でも移動開始時は同様である。 そこで静止状態からちょっと動く状態までに多くの時間を要するのである。 少しでも動いたら その後は急速に移動速度が上昇する。

図12は、走行の場合の静止スタートと方向転換との違いを説明したものである。 上段の図の静止からのスタート時は、先ず脳からの指示から生体クロックのために 0.1秒後に身体が動き始める。 走行状態を開始しようとするが、静止状態からの加速状況なので走行状態に移行するのに0.3秒を要することになる。 脳から走行開始の 指示を受けた後に合計で0.4秒かかることになる。 号砲スタート時は脳がピストル音を認識してスタート指示を出すまで0.1秒を要するので、スタート合図から 通常走行状態になるまで合計で0.5秒かかることになる。 図の下段の方向転換の場合は、すでに走行状態になっているので、脳からの指示による方向転換実行は人間の 生体運用クロックの0.1秒後に行われることになる。 静止状態から0.3秒も速く実行できるのである。

サバンナでの動物活動状況を伝える放送で、チータ等の肉食獣の狩りで獲物のガゼルなどを全力で追っている映像を思い出して欲しい。 必死に走って逃げるガゼルが一瞬右に 左に方向転換して追跡をかわしている状況を覚えているだろうか。 これが瞬時の方向転換である。 同じ動作の継続という状況では、方向が違うだけとなり、0.1秒で方向転換 ができるのである。 地球上で長いあいだ弱肉強食の野生で暮らしてきた動物に生きるために神が与えてくれた能力なのである。 もちろん人間にも備えられている。 我々は これを「動的反射能」と呼ぶことにした。
180°反対方向の場合のように大きな方向転換では、一度速度がゼロ近くなるので図12の上段に近い同じ状態となる。 そういった意味では方向転換の大きさによって短くなる 時間が異なることになるが、90°程度の方向転換では所要時間がさほど大きくならないようである。

7.「動的反射能」の内野守備への活用!
静止状態からの「急発的動作開始」では、大きな身体を急に最高移動速度に上げるには、慣性モーメントの関係で大きなエネルギーを要する。 そのため約0.3秒の時間を要する。  図13の上段がそれである。 通常では内野手は相手が打つ瞬間まで静止状態で構えて待つ。 この場合、目視で相手の打撃瞬間から捕球体制完備まで0.5秒要する。 静止状態 での構え姿勢の移動速度ゼロから球追い動作の8m/秒の速さまでの加速時間がネックになっていることであった。

「動的反射能」では方向転換が0.1秒程度ですむ。 図13の下段のように、相手打撃瞬間にすでに球追い動作速度になっていれば、その後の動作は方向転換だけですむことに なる。 つまり、相手打者の打撃前に前の方に移動を開始して、球追い動作速度になったころ目視で打撃方向を確認、方向転換と捕球姿勢確保動作を並行して行えば、捕球体制完備 へは0.3秒しかかからないことになる。 守備余裕時間が0.2秒も多くなるのである。 方向転換後、捕球姿勢確保までに0.1秒間分移動しているので、やはり捕球体制完備 までは0.8m進むことになるのは静止構えの時とおなじとなる。 結果、論理上守備範囲が片側で1.6m、左右両側で3.2mも増えることになる。 効率アップの工夫として、 打撃前の前進分として、あらかじめ守備位置を1~2m後ろにしておくことが必要だと思われる。

改めて表2を解説する。 相手打球速がプロ野球の強打者並みの120㎞/時の場合、通常行われている静止状態で構える守備方式では、相手打撃のインパクト瞬間から守備位置の 30m付近まで球は0.9秒で到達する。 静止構えの場合捕球体制完備までの所要時間は0.5秒である。 この後は捕球体制が整っているので、球が内野手に来るまでに余裕を 持ってその位置まで移動できる。 つまり、守備の余裕時間は0.9-0.5=0.4秒となる。 選手は球追い動作では全力で走るので、8m/秒位の速度になる。 余裕時間に 移動できる距離は8m/秒×0.4秒=3.2mとなる。 それに、捕球体制完備時間に進む0.8mを加えて4.0mとなり、これが球の到達に間に合うような移動可能な距離と なる。 この時はもう捕球体制が完備されているので捕球できる。 つまり守備可能範囲となる。 左右両側で倍の8mが守備可能範囲となる。 これを超えた距離に来る打球は 外野に抜けることになる。 内野手の守備必要範囲をベース間距離の半分の13.7mとすると、守備範囲のカバー率は58%となってしまう。
「動的反射脳」を活用して守備を行った場合の計算値はその下の段のブルーの枠に示す。 打球速120㎞/時なので、守備位置には同様に0.9秒で到達する。 「動的反射能」 活用の場合は捕球体制完備時間が0.3秒なので、守備余裕時間は0.6秒になる。 この間に選手が球追いで移動できる距離は4.8mとなる。 守備体制完備時間のうち方向 転換後の0.1秒間はもう球追いをしていることになるので0.8m進んでいる。 この分を足して移動可能片側距離は5.6mとなる。 守備可能範囲は11.2mとなり、 カバー率が82%と向上する。 プロの強打者相手でも、内野ゴロのヒット率を18%程度に抑えられることになる。 相手打球速が90㎞/時、100㎞/時も同様である。  注目すべきは「動的反射脳」を活用ではカバー率が100%となり、打者にとって内野ゴロでヒットにするにはなかなか難しい状況と作れるようになるということである。

8.出ると負けチームの内野守備が大きく進歩した!
A県で最高の進学校のB高校野球部は、当時部員数19名、学校の暗黙ルールで4月には3年生は部活をやめなくてはならない状況であった。 3年生は4人。 どうしても夏の 甲子園を目指したい3年生部員は、顧問の先生・校長先生と直交渉して夏休みの猛勉を約束しての限定期間活動を許された。 7月の甲子園県予選まで、4・5・6月の3ヶ月。  それも夜は7時まで。 進学勉強に励む同級生を横目にして彼らは真剣に練習に打ち込んだのであった。 女子マネージャーは5人いた。 うち2人が3年生、顧問の先生と 合わせて25人の3ヶ月間は私の人生に残る感動的で情熱的な時間であった。 D君は内野守備の要でショートを守っていた。 運動神経も機敏さもなかなかであった。 頭の いい彼は、「急発的動作開始」での「動的反射能」活用については、目からウロコが落ちた」と感心してくれて、本質をよく理解してくれて熱心に練習に取り組んだ。 彼の脳に 「動的反射能」活用捕球動作の訓練ルートを開発するため、図14のように左側捕球ノック練習を1日30本、10日間連続して行った。 何度も述べたが、くり返し練習は鍛錬の ためでなく習熟による脳の訓練ルート形成のためである。 よくノック練習で実戦ではどちらに来るかわからないので左右に分散して打撃しているケースを見かけるがこれは 大きな間違いである。 右側捕球と左側捕球では動作が違う。 脳に訓練ルートを養うには同じことの繰り返し練習が必需である。 右なら右動作、左なら左動作を習熟するまで 繰り返すのが当たり前なのである。 今までの経験で、効果が上がるには1日30回、1週間から10日位が目安であると思う。

図14のノック練習は左側捕球動作訓練である。 ノック打球速は60㎞/時と考えて、球が打撃瞬間から0.9秒で到達するであろう15mほどの位置で捕球動作をするように した。 表2の打球速120㎞/時の想定である。 選手の位置を2塁ベースから4mの距離にして、ノックは2塁ベースに向かって打つことにした。 静止構え状態では、論理上 移動可能範囲が4mなので打った球にちょうど到達する距離である。 「動的反射能」活用では移動可能距離が5.6mになることが予想されるので捕球が容易になる。 表3の 上の表は、第一日目の従来の静止構え型でのデータで、×印は、球に追いつけずにグラブに触らない状況、△印はグラブには触ったが取れない状況、○印は補給して1塁へ送球した 場合である。 30本ノックの最初の10本は半分が球に届かず、やっと触れたのが3回で、なんとか捕球したのは2回だけであった。 20本・30本と続けているうちに球に 追いつく回数が増えた。 最後は慣れてきたのだと思うが4回も捕球できた。 ノックの球の方向や打球速も一定ではないので正確なデータではないが傾向はわかると思う。  半分位がやっと球に追いつく程度であった。 その後「動的反射能」活用練習にはいった。 ノックを打つバッターの振りをみて、インパクトの0.3~5秒前に前方に全力で踏み 出すという方法にして、繰り返しの訓練おこなった。 当初は、上手くタイミングが取れず、遅すぎて全く効果なしや、早く動き出し過ぎてかえって捕球に手間取るという状況で あったが、3日目あたりから上手に球が取れるようになってきた。 表3の10日目のデータをみるともはや球に追いつくのは当たり前で、ほぼ捕球ができている状況になった。  ノック打者の慣れですこしずつ遠目に打つようになっていたのだが、結構ちゃんと捕球していた。 彼の脳に「動的反射能」活用動作の訓練ルートが定着したものと思われた。  もちろんそのあとは右側捕球の訓練を1週間行った。 この時は極めてスムーズに習熟した。 技術の習得には個人差が大きいがこのデータの示す意味はわかると思う。 この訓練 のおかげで彼は守備に大きな自信を持つことができたようである。 事実7月の甲子園予選では彼と同様の訓練をした三塁手のE君とで鉄壁の三遊間といわれる程になった。  7月の予選会の本番では4試合戦って三遊間の内野ゴロエラーはゼロであった。 当然、1塁手も2塁手も同様な訓練を行った。

9.「急発的動作開始」での「動的反射能」活用は重要技術である。
「急発的動作開始」技術の重要性をまず言われるのが、短距離で速さ(タイム)を競う陸上競技のトラック短距離種目、競泳、スピードスケートなどのスタート局面である。 しかし、 スタートでは「必ず静止」という競技規則のため「動的反射能」は使えない。 そこで、静止後の急発進における選手の本能的な反動動作の回避技術が重要となることは前に水泳 スタートの項で解説した。 しかし、球技での相手打球の受け技術では静止構えの制限はない。 そこで「急発的動作開始」での「動的反射能」活用が極めて重要となる。 サーブ・ スマッシュ(スパイク)・ヒッティングなどに対応するレシーブ(守備)での球受け技術である。 しかし、今のスポーツ界はどうもあまり知られていないような気がする。

図15は、2018年4月に行われたプロ野球セ・リーグ公式戦のG球団とC球団の試合の1コマである。G球団の選手が3塁ベース上を通過する打球で見事ヒットを打った局面である。 上段左の①がインパクトの瞬間である。 白球は背景の広告文字「レ」の尻尾位置に見える。 C球団の3塁手は静止構え方である。 守備位置は大体3塁ベースから約5m位の ところ。 ②は3塁手が動き始めた時点で、インパクトから0.23秒くらいの時である。 白球はスタンド前列に立って観戦している白い服を着た女性(?)の左隣の位置で観客に 見えるように写っている。 下段の③は、インパクト0.5秒後の3塁手の球追い状況である。 ④は、白球が3塁ベース上を通過する瞬間あたりの映像である。 インパクトから 1.0秒経過しているので打球速は110㎞/時位であった。 静止構えなので彼の右側守備可能範囲は4mである。 結果5m離れている3塁ベース上通過の球には追いつけなく ヒットになってしまった。 もし「動的反射能」活用型守備なら彼の右側守備可能範囲は5.6mになるので、十分間に合って捕球しているであろうと思える。 ヒットを阻止できた のだ。
このように、今の野球界では守備の「動的反射能」活用はどうもあまり考えられていないようである。 一般的に打球の受け動作は時間との戦いになる。 野球内野守備では1秒ほどで 相手バッターの打球が来る。 テニスのサーブ守備では、0.4~5秒で相手打球が来る。 それに対応して次の対応(受け)動作をしなくてはならない。 厳しい局面である。  人間の「動的反射能」の活用は、厳しいこの局面に0.2秒の余裕時間を確保できる。貴重な0.2秒である。 球速に換算すると、野球打撃では白球の進行の6m、テニスサーブ では10mに相当する。 打撃直後のこの距離は受け手選手に大きな余裕をもたらす。 「急発的動作開始」での「動的反射能」活用は重大な技術である。
しかしそれには、あらかじめ相手選手のインパクトの瞬間を見越しての事前の動作開始という難しい局面が必要となる。 相手選手の打撃の直前に行動を開始しなくてはならない。  早すぎても遅すぎても効果がない。むずかしい技術であるかも知れない。 これを克服するのが繰り返し練習による脳の訓練ルートの形成である。 高校生レベルではある程度実現 できたと思う。 脳の訓練ルートの開発はスポーツ界では重要な訓練手法である。 繰り返しということだけが重要視されて間違った訓練が行われている場合がよくある。
脳の訓練ルート開発に関して、またしっかり解説しよう。

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