テーマA-05 『合成紙 ユポ』  
  著者:豊田 昂氏
(株)王子油化合成紙研究所(現(株)ユポコーポレーション)元勤務
私のプロファイル

合成紙「ユポ」の開発

 はじめに
「この地図は水に濡れても破れないもので、ハイキングの途中で雨に遇ったら濡れないように頭からかぶればいいんだ。」 新潟県湯沢町の苗場で行われた 高分子学会の夏期大学に行く途中の電車の中で、近くに座った同じ行事に参加すると思われる3・4人のグループの仲間の一人が話している会話が聞こえて きたのです。 山の地図を自慢そうに見せながらでした。 ユポがここまで知られるようになったのかといい気分になって聞いていました。 それから約40年、 今でも簡単には破れない、水や溶媒に強い、熱で加工ができる、必要なときには書き込みができるなどが利点となって、ハイキングや山の地図さらには災害 発生時のポケットマニュアルなど耐久性や強度が必要な用途に使われています。 さらに規模の大きい選挙になると候補者のポスターやラベル、投票用紙など、 家庭では台所や洗面所の洗剤・クリーナーなどの容器のラベル、冷蔵庫内にある食品に貼られたラベル、屋外で使用する大きな宣伝用ポスターなど挙げる ときりがないくらいにさまざまなところで使われています。 この水に強く、簡単には破れないが見かけは普通の紙と変わらない合成紙「ユポ」の開発について 簡単にご紹介します。
     
 「合成紙」の開発
昭和30年後半から40年代に日本社会の拡大を支えてきた産業の一つに石油化学があります。 当時の科学技術庁の諮問機関「資源調査会」が「これから の日本の一層の発展と経済の安定のためには外貨の節約が重要であり、輸入に頼っているパルプを原料とした紙を、石油化学製品を原料とする『合成紙』に することにより、20年後には大きな外貨節約が可能となる。そのため『合成紙』の開発を推進すべし」という内容の勧告を昭和43年出した。(『合成紙』という 呼称もこの勧告で初めて使用された)。これをきっかけとして多くの石油化学・紙パルプ・繊維に関連する企業が「合成紙」の研究開発に取り組んだ。その先駆 けとしてフィルムに紙と同様のコートを施した製品や、フィルムの表面を溶剤で処理した製品、樹脂に顔料を練りこんで不透明なフィルムにした製品などが発売 され始めた。当時の三菱油化(現三菱化学)(株)と王子製紙(株)はそれぞれ独自に合成紙の研究開発を行っていたが、両社は合弁で「王子油化合成紙研究 所」を作りそこで「合成紙」の開発に専念することとなった。目的は「プラスチックの加工技術を応用して紙と同等の性質を持つ製品を作る」というものであり、 将来を考えるとポリエチレン・ポリプロピレン・ポリスチレンの3大樹脂をそれぞれ原料とするものを開発するという壮大な計画であった。
紙には手漉きの紙と機械抄きの紙(洋紙と呼ばれる)があるが、特殊な用途を除いて大半は洋紙であり、新聞紙、書籍用紙、雑誌・ポスター・チラシ・パンフレッ トに用いられる印刷用紙と輸送用の段ボール箱などに使われる厚手の板紙と呼ばれるものがある。 1968年頃の紙の生産量は洋紙が550万トン、板紙が 450万トンで、洋紙の内訳は書籍や雑誌・ポスターなどに使われる印刷用紙が155万トン、新聞用紙147万トン、包装用紙111万トン、薄葉紙55万トン、 その他81万トンであった。 プラスチックを原料とする紙「合成紙」の目標は印刷用紙・包装紙が中心であり、市場規模は当時で350万トンにも上るものである。 当面の目標は印刷用紙に絞られたが、(1)オフセットやグラビアなど各種の印刷・筆記ができる(2)接着や断裁・打ち抜きの加工ができる(3)燃やせる・リサイ クルできるなどが必要最小限の機能となる。 印刷には凸版印刷(活字を使用)、凹版印刷(グラビア印刷)、平版印刷(オフセット印刷)、孔版印刷(スクリーン 印刷)、その他電子印刷やインクジェット印刷など種々のものがあり、素材に合った印刷方法が選ばれているが、オフセット印刷とグラビア印刷が70%ほどを 占めている。 グラビア印刷はプラスチックフィルムでもよく使用されており、「合成紙」としてはオフセット印刷ができることが必須の要件となる。
合弁の王子油化合成紙研究所ではそれぞれが独自で開発していた技術を持ち寄りいくつかのプロジェクトグループが作られ開発を推進した。 なかでもポリ プロピレンの2軸延伸技術をもとにしたFPと呼称されたプロジェクトのものが最も進んでおり、研究所での最初の商業化製品を目指して開発が進められ、茨城 県の鹿島コンビナートの一角に試験的な生産設備を設置した。 その他のプロジェクトを進めているグループも研究開発拠点を鹿島コンビナートの同じ場所に 移して開発を進めた。
 「ユポ」の開発
ポリプロピレンの2軸延伸技術を基にした合成紙は次のような方法で作られたものである。 ポリプロピレンと無機充填剤の混合物を溶融押出しシートを作る。 このシートを流れ方向(縦方向 MDという)に延伸する。 この延伸されたシートの両表面にさらに無機充填剤を混合したポリプロピレン樹脂を積層し、この積層 物を今度は先ほどの延伸と直交する方向(横方向 CDという)に延伸する。 出来たものは下図に示すように、内部は二軸延伸、両側の表面は一軸延伸され たものから構成された積層物となる。 適当な充填剤とポリプロピレンの配合、延伸する条件によってそれぞれのシートの層内に無数の空洞や亀裂ができる。 そのため積層物は白色不透明となり、表面の一軸延伸された層は印刷や筆記性のあるものとなる。 これが基本的な作り方である。 内部の層は二軸延伸さ れているので縦・横方向に強度があり、表面は強度のバランスは悪いが亀裂や空洞によって表面に印刷性や筆記性を付与できるのである。
しかし2000年以上の歴史を持ついわゆる紙に適合するように設計・改良されてきた印刷や加工方法にこの不透明のフィルムを適用しようとするといろいろの 問題がおこり、さらなる改良が必要となった。 紙と同等の印刷性や筆記性、原料が樹脂のため起こる静電気のトラブルなど表面の性質に関する問題が多か った。 そのため特殊な処理を行って問題の解決方法を模索した。
        
  無機充填剤の品質・配合量などを検討し多色オフセット印刷に適したものを追及した。 しかし当初は国産の無機充填剤 では必要な機能が満足されず輸入無機充填剤を使用することになった。 また油性のインキと水を利用するオフセット印刷(平版印刷)は表面に親油性と親水 性の両方の性質をうまく持たせるようにしなければならず、特殊な表面性能が必要であり、種々の工夫が必要であった。 こうしたいろいろの問題をクリアーして 、合成紙第1号製品として「ユポ」という商品名で1971年に発売が始まった。
第1号製品が売り始められた頃一般にオイルショックと呼ばれる世界的な経済危機が起こった。 日本でもスーパーマーケットからトイレットペーパーがなくな るなど大きな騒動となった記憶をもっておられるだろう。 合成紙の原料となる原油価格が高騰し、当初の計画のように紙に変わるものとしての将来が疑問視さ れるようになった。 さらに経済危機の影響で日本経済も低迷し、開発競争に参加していた多くの企業が開発の中止や撤退をはじめ、わずかな企業のみが開 発を継続する状況となった。王子油化合成紙研究所も規模を縮小せざるを得なくなり、販売を始めたポリプロピレン系合成紙以外のプロジェクトは開発を中止 もしくは縮小した。 また目標とする市場も一般の印刷用紙ではなく、価格競争が可能な特殊紙に絞ってニッチマーケットを目指すこととなった。 幸いその時に はすでに世界各国の多くの企業から「ユポ」の販売の権利や技術の導入について引き合いがあり、特殊紙分野に強い米国のキンバリークラーク社と提携契約 が結ばれていたので、ポリプロピレン系合成紙の開発は引き続き進めることとなった。
 原材料の改良
様々な工夫を折り込み、目標を変更して開発を進めた「ユポ」であるが、実際に使用され始めるといろいろと問題が起こった。 そのひとつが強い紫外線にあ たると劣化が始まり、その後暗所に保存されても劣化が進むことである。合成紙は水に強く屋外での使用が可能であるということで屋外で使用されることが多く なっていたが、紫外線被曝による劣化のため長期の耐久性が必要な用途では使用が難しいこととなった。もう一つの問題は充填剤に硬くてサイズが平均よりも 大きな粒子が微量ではあるが含まれていて、グラビア印刷で色の濃い印刷物を作ると白い斑点(インキののらない部分)ができるということである。また充填剤 の硬度が大きく加工機械の刃や印刷版の摩耗が激しいなどという苦情も寄せられた。
輸入原料なので製造会社の現地まで出向いて改良について折衝したが、使用量の少ない顧客には十分な対応をしてくれなかった。 一方日本では充填剤の 製造方法も改良が進み、こちらの要望に満足できる品質のものを提供してくれるメーカーが出てきた。 また少量の顧客であっても細かい要望を受け入れて、 こちらの要望に添ったものを供給してくれるので輸入原料よりもいいのではという方向が見えてきた。 さらに紫外線への耐久性も日本産の原料であればかなり 改良効果が期待できるという見通しが立ったので、商業化10年後の時期に原料の切り替えが決断され、新ユポとして市場に出すことになった。
この結果、耐光性(屋外での使用時の紫外線被曝による劣化耐性)が向上し、屋外での使用、屋外使用後の保管中の劣化がなくなり長期間の耐久性が改良された。
また印刷や加工時の課題も改善されたので市場での反響も好評であった。一 方印刷での新しい課題も発生し、その解決にはかなりの時間が必要であった。  これらの改良によってユポの需要が大きく伸び新しい用途も開けてきた。 ユポを初めて市場に販売してから10年余、ニッチマーケットではあるが ユポは様々な用途に展開されるようになった。

 用途開拓
市場からの要望に応じることで数々の製品も生まれた。そのひとつが粘着加工用のラベル用紙である。 表面はいろいろの印刷ができ裏面は粘着加工する。 ラベルとして使用された後、それを貼り付けた基材からはがすときに破れることなくきれいに剥離できる製品ができないかとの要望が市場から出てきた。 それ に応えるため多層構造の利点を生かし、表面と裏面で異なる表面強度にし、表面は印刷性が裏面は強度がある製品を開発することができた。
また欠点と考えて改良を進めていた機能をうまく利用されたものが投票用紙である。 折り畳みが難しく紙と同じような方法では折りたためないので地図の用 途などでは大変加工が難しかった。 水に強く強度もあるので地図には適した材料であったが容易に折りたためないのでマップとしての用途の開拓が難しかっ た。 折りたたむためにどうすればいいか種々検討しているときに顧客から折りたためないですぐに開くという性質を利用した投票用紙が提案された。 折りた ためない、どんな用具ででも筆記できる、計数機にかかるなど改良を重ね投票用紙専用の製品ができ、現在でも多くの選挙で使われている。開票時間の短縮 には大きく貢献している。
更にユポとして大きな特徴が出たのは同時成形用ラベルである。 プラスチック中空容器などの製造工程で、容器製造ラインの中で容器成形中にラベルを貼 付する加工方法である。 ユポは樹脂でできているので容器を使用後リサイクルする時にラベルをはがす必要がなくそのまま容器全体を樹脂としてリサイクル できる利点が生かせるのである。これはプラスチックを原料とする合成紙だからできることで、表裏の印刷性と接着性のバランスを工夫することにより各種の 容器ラベルとして市場で受け入れられるようになった。
表面に画像受容層を持つ画像用基材としての用途も大きい。 紙の表面のような凹凸がなく表面が平滑なので画像需要層も平滑になり、 画像が鮮明になるのである。 モノクロームの画像だけでなくカラー画像用の基材としても利用されている。 半透明な紙や超厚手の紙あるいは色のついた 紙など数々の要望があるが、市場の規模や製造の難易度、価格などから種々検討され、現在30種類ほどの製品が市場で販売されている。

以上簡単に「ユポ」の開発経緯を紹介しましたが、特性や用途などさらに詳しいことはユポのホームページ ユポコーポレーション をご覧ください。

   まとめ
合成紙は当初すべての紙の代替として考えられたが、開発段階で起こった石油危機によって開発当初期待した原油の価格低下が難しくなったこと、紙に対抗 するには加工コストが紙のような価格にはならないことなどいくつかのデメリットが生じた。 このため当初目標としていた汎用紙ではなく、水に強い、表面が平滑 である、破断強度に優れる、熱加工がしやすいなどの合成紙の長所を生かした特殊紙としての用途に目標を切り替えてニッチマーケットの開拓を進めた。 すでに50年近くになるが今でも市場は広がっており、一つの特殊紙としての地位は築いたと考えられる。 現在日本とアメリカバージニア州に生産基地があり、 販売も日本・アメリカ合衆国を始めヨーロッパやアジアなど世界各国に広がっている。 詳細な用途はホームページ http://japan.yupo.com/useutilization/index.html を参照いただくとわかるが、きわめて多岐にわたっている。 水や化学薬品に強 い、表面が平滑、機械強度が優れる、熱加工ができるなどの特性が生かされたものである。 今後は先進諸国だけでなく、経済発展が進むアジアなどではさら に用途が拡大することが期待できる。            以上

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